最後の直線は、まるで福岡国際クロカンの再現ビデオを見ているようだった。しかし、今回は佐藤悠基に軍配が上がった。大阪市長居陸上競技場で行われた第96回日本陸上競技選手権第2日目(6月9日)、男子10000m決勝で、大迫傑は一瞬手中に収めかに見えたロンドン行きのチケットをわずかの差で逃した。
よほど激しいロンドンへの思いがあったのだろう。そして、よほど強い自信があったのだろう。大迫は、ゴールラインを越えると倒れ込み、泣き崩れた。そこにはいつものクールな大迫はいなかった。
大迫がもつ非凡さのひとつが、勝負勘だ。1000m2分53秒前後の落ち着いたペースになったため、トップが目まぐるしく代わる展開になった。学生選手だけでも、設楽啓太(東洋大)、村澤明伸(東海大)、窪田忍(駒大)が先頭に立っている。しかし、大迫はまったく動かなかった。
まるで、佐藤との一騎討ちを予測していたかのように、終始彼の動きだけをマークするという冷静なレース運びが目についた。A標準を突破していない大迫には勝つことだけが五輪の道につながるのだから、当然とはいえ、なかなかできることではない。
だが、勝負という熟語は残酷だ。勝ちと負け、明と暗の間を真っ二つに切り裂く言葉だということを、改めて思い知らされた。
泣くな、大迫。この悔しさを出発点にすれば、日本人初の26分台が目指せるはずだ。
よけいなことを付け加えると、チャンスだって、皆無ではない。水泳の話だが、メキシコオリンピック代表選考会の日本選手権水泳で、100、200m2種目3位だった田口信教が、2種目2位の松本健次郎をさしおいて、代表に選ばれたという例もある。将来性を期待されての選出だったが、田口は、次のミュンヘンオリンピックで見事、金メダリストになったのだ。
世間がうるさい今では、こういう英断はしにくいだろうが、有望な若手に経験を積ませるというのもひとつの見識だったと思う。
●男子10000m決勝
1位 佐藤悠基(日清食品グループ)28分18秒15
2位 大迫 傑(スポ科3・佐久長聖)28分18秒53
3位 宮脇千博(トヨタ自動車)28分20秒76
レース前、自信満々の「跳躍」ぶり。
上・7600m、下・残り2周。目には佐藤しか映っていない。
無念! 福岡のリベンジをされた。
遠くて表情はわからなかったのだが、写真を見て、思わずもらい泣きした。次に見る涙はうれし涙を!
●男子やり投げ
1位 ディーン元気(スポ科3・市立尼崎高)84m03
2位 村上幸史(スズキ浜松AC)83m95
村上は2投目82m93、3投目83m95と着実に記録を伸ばしていく。一方のディーンは3投目を終えて、81m62。ベスト8が決まった時点では、村上の勢いがディーンを上回っているかに見えた。ところが、真の勢いではディーンも負けていない。4投目に84m03を投げ、大逆転、そのまま逃げ切った。10000mとほぼ同じ時間に、同じような一騎討ちを見られて、スタンドの観客は大喜び、大興奮。
0.38秒と8センチ。ともにわずかな差だが、同じ学年の大迫とディーンの間では、明暗を分ける大きな差となってしまった。